2018年02月19日

豊中テニスクラブの仲間と🍶を飲み翌日は豊中コートへ

2018年2月16日(金)  豊中テニスクラブの仲間と🍶を飲み翌日は豊中コートへ

S化学豊中単身赴任寮にあるテニスコートで嘗て切磋琢磨した仲間に、飲み会を開いて頂きました。

今幹事をしてくれているSさんにお願いしたら、駅前の「和楽」に8人が集まって、久方ぶりのテニス談議に花を咲かせました。

Sさんの前任の幹事を私がしていたこともあり、Sさんとの結びつきは深く、白金テニスや蓼科テニスなどでもお世話になっていますが、最近還暦・古希野球で忙しくなったので不義理をすることが多くなっており、申し訳なく思っています。

嘗てペアーを組んで、豊中市民大会等で何回も入賞したことのあるOさんも、膝が痛いにも拘らず、駆けつけてくれました。

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80歳近いが元気でテニスの上手いHさん、豪快な叫び声で相手を威嚇していたKさん、独特のフォームから多彩なショットを打ち込むHさん、最近はテニスから遠ざかっているというNさん、比較的若手のパワーヒッターNさん、と多士済々です。

何時も行く、単身赴任寮への道にあるカラオケ店には、5人で繰り出しました。

8年前には歌っていなかった曲、即ち豊中では新曲の「また君に恋してる」(坂本冬美)や「分かってください」(因幡晃)、「LOVE IS ALL〜愛を聴かせて」(椎名恵)を始め、「大阪しぐれ」(都はるみ)や「命与えて」(森進一)も歌いましたが、6〜7時間掛けているとはいえ、7合近くを飲んでいたので、記憶はそう完璧ではありません。

サングリーンテニスクラブの朝練での成果がどんなものか大いに興味があったのですが、臀部筋肉痛をしっかり治しておきかったので大事を取ってプレーは諦め、、豊中コートへ行って皆さんのプレーぶりを拝見して帰りました。



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2018年02月18日

元同僚と元テニス仲間に再会し豊中テニスクラブの飲み会へ

2018年2月16日(金)  元同僚と元テニス仲間に再会し豊中テニスクラブの飲み会へ

S化学の子会社を退任して既に8年くらいになりますが、経理責任者としてご苦労戴いたHさんと、神戸市三宮のビアホールで再会し、会食しました。

ストレスから円形脱毛症を患っておられたことから、今では丸坊主にされていたので、同い歳ですが、少し老けた印象を受けました。

会社のその後の動きや人の動向について、話が弾みました。

Hさんお薦めの「大使館ビール」で、寿司を戴きました。

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14時過ぎには神戸から豊中に移動して、若い頃サングリーンテニスクラブで9:00からプレイしていた仲間のTさんに、年賀状で2月に豊中に行くと伝えたら会いましょうということになり、夜の豊中クラブの飲み会の前に阪急豊中駅近くの餃子屋で飲食しました。

当時I重工の社宅に居られたのですが、3歳年下の彼も既にリタイアして、大阪府I市の生家にお住まいです。

もう20年近く会ってなかったのですが、最近テニスは年に2回くらいしかしていないというものの体形がスリムですから、健康そうで若々しく見えました。



posted by yone at 09:40| Comment(2) | テニス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月17日

往生院で父母兄姪の墓参りをして 久し振りに従弟と🍶

2018年2月15日(木)  往生院で父母兄姪の墓参りをして 久し振りに従弟と🍶

宝ヶ池上七軒クラブ主宰者であるM君の足も治ったので、共にテニスを楽しみたかったのですが、臀部筋肉痛が完治してないので、お休みにしました。

今晩は従弟のKちゃん(といっても、今年70近くのお爺ちゃん)と飲むことにしていたので、空いた時間に両親達の墓詣りをしました。

「浄土宗往生院」は、高雄に向かう道筋にある平岡八幡という停留所の近くにありますが、西本願寺系のY家本家の菩提寺の住職が好かんと言って、母親が宗派を問わないこの寺院に移し替えたという経緯があります。

街中への戻り道で嵐電妙心寺前で途中下車して、生家の“跡”に寄りました。

生家売却時に不動産屋さんから聞いていた通り、“お〜いお茶”の会社が、言わば“居抜き”の状態で買ってくれたので、外観はそのままに保養所に変わっていました。

さらに時間があったので、出町柳にある名曲喫茶「柳月堂」にも寄ってみました。

べートーヴェン交響曲第7番(カールベーム指揮ウィーンフィル)をリクウェストしましたが、他の客がリクウェストした「英雄」や「アランフェス協奏曲」も聴いて帰りました。

京都駅に近いホテルのすぐそばの「蔵倉(くらくら)」という店をKちゃんが予約してくれたので、京都の地酒を中心に飲んで、親戚の現況や色んなことを語り合いました。

70歳にもなると、まともに飲み交せる相手が限られてくるので、Kちゃんも貴重な存在です。

2人ともD中のホサナコーラスの部員だったこともあって歌うことが好きなので、お決まりの様にカラオケを楽しみました。

今日は題名に「川」の付く曲から入り、「川の流れのように」(ひばり)や「川は流れる」(仲宗根美樹)、「千曲川」(五木)「長良川艶歌」(五木)、「リヴァーサイドホテル」(陽水)、「イムジン河」(フォーククルセイダーズ)、「中の島ブルース」(クールファイブ)、「真室川音頭」(山形県民謡)を歌った後も、様々な歌を楽しみました。

ホサナコーラスのノンエリートゆえに、その後カラオケに特化した私は、カラオケ道を邁進し続けるのです。



posted by yone at 21:44| Comment(2) | 寺社、宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月28日

市川ライオンズBの新年会を本八幡「くつろぎや」で

2018年1月28日(日)  市川ライオンズBの新年会を本八幡「くつろぎや」で

市川ライオンズBの新年会を、「くつろぎや」で行いました。

例の通り午前中はテニスの朝練で汗を流し、といきたかったのですが、雪の為コートコンディションが悪く、船橋市東図書館に寄った後、本八幡へ向かいました。

今年は登録数が13人と、正に少数精鋭化しています。

各自今年の目標を述べましたが、私は第1希望ポジションを「中堅手」、今年の目標は「3割、3本、30盗塁」と書いて、監督に提出する予定です。

出塁しないと盗塁はあり得ないので、セイフティバントなり、内野安打なり、振り逃げなり、相手守備エラーなり、何でもいいから出塁しなければなりません。

今年からはSさんが居なくなり、カラオケに行く者が居なかったので、そのまま虚しく帰宅しました。



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2018年01月26日

下総国国分寺跡は国分川調節池緑地多目的広場のすぐ近くに

2018年1月26日(金) 下総国国分寺跡は国分川調節池緑地多目的広場のすぐ近くに 

市川ライオンズ古希B(G)チームの練習は、今週の金曜日には無理との連絡が一旦はありましたが、グラウンドの回復が順調で練習可能との連絡が昨日あったので、遣ってきました。

しかし昨日綺麗になっていたのは、実は凍結していたことが分かったので、外野の芝生部分だけで練習しましたが、半数以上が帰ってしまいました。

残った5人で、キャッチボールから塁間送球、外野ノック、シートバッティング、バントまで、1人当たりの時間が充分にあったのでので、濃厚な練習をみっちりとこなしました。

何時も折角近くまで来ているので、直ぐ近くにある「真言宗豊山派 国分山(こくぶざん)国分寺(こくぶんじ)」(千葉県市川市国分)を訪ねてみました。

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奈良時代に「金光明四天王護国之寺(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)」として建立された「下総国国分僧寺」の跡地に建てられておりますが、明治22年までは「金光明寺」と号していたそうです。

本堂は金堂跡地に建てられており、講堂跡地や七重塔跡地は墓地になっています。



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2018年01月24日

雪のせいで野球もテニスもお休みなので当座の骨休めといきますか

2018年1月24日(水)  雪のせいで野球もテニスもお休みなので当座の骨休めといきますか

22日(月)のGOGO80(11:00から)は、昼前から雪が降り出したから、中止になったのは仕方がありません。

しかし先ず、24日(水)の市川ライオンズBの練習(於;福栄スポーツ広場)が、グラコン不良のため中止。

ならば同じ水曜日の、地元のGOGO80 の練習に期待したところ、やはりグラコン不良のため中止。

26日(金)の市川ライオンズGの練習は、火曜日にいち早く中止の連絡。

27日(土)の市川ライオンズBの練習も、あの塩浜グラウンドを考えれば、大いに不安。

28日(日)のテニスの朝練も、ど田舎にある我がテニスクラブでは、先ず無理やな。

当面は、往復徒歩8,000歩の図書館通いをして、アンデス文明の探求に努めるかな。



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2018年01月16日

よく飲んでビジネスクラスでよく眠って成田空港へ

2018年1月6日(土)  よく飲んでビジネスクラスでよく眠って成田空港へ

21:15デリー発8:00成田着のエアインディアAI-306 便で、帰国の途に就きました。

ビジネスクラスにしたので、ラウンジで先ず、ビールやシャンパン、紅白ワインを戴き、旅の疲れを癒しました。

食事を、インドの「SULA」の紅白ワインで戴き、ますます好い気分になってしまいました。

機材はボーイング787-8で、縦方向にそのままフルフラットになるタイプだったので、ゆったりと休むことが出来ました。

食事が終わったのが23:00(日本時間2:30)くらいだったと思われるので、7:00頃まで4〜5時間ぐっすり眠ったことになります。

今日のテニスの朝練は間に合わないと思っていましたが、空港が雨で濡れていたみたいなので、明日の朝練が出来るのか心配になりました。



2018年01月15日

階段井戸を見学してから国博、スーパーマーケットへ

2018年1月5日(金)  階段井戸を見学してから国博、スーパーマーケットへ

5:00の気温は、13.7℃です。

8:00ボパール発9:25デリー着の、エアインディア国内便AI-436便で、デリーに移動しましたが、北緯28.4度にあるので、寒いです。

デリーに7カ所あると言われる「階段井戸」の1つを訪れました。

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パキスタンへ旅行した時に、Rohtas Fort(ロータス砦)にあったBari Baoli(バーリ階段井戸)を見たことはありますが、インドのラジャスタン州にはもっと大きなものが、沢山あるそうです。

ここはゴミ捨て場になっていたものを、最近になって整備したそうですが、今後は観光資源としての活用が期待されるところでしょうか。

ここでは3匹目の猫を‟発見”しましたが、犬はそこら中を牛と同様にノソノソとうろついていても、夜行性の猫は昼間は余り見かけないのでしょうか。

ここの猫も三渓園の猫と同じように、井戸の階段の上部の広場のど真ん中で堂々と糞をし、僅かな砂を糞に満遍なく塗して仕舞って、全く分からない様にしてしまいました。

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これを踏む哀れな人が屹度出てくるかと思うと、ネコババはええ加減にして欲しいな。

昼食はタンドーリチキンの有名な店らしいですが、カレーなんかも日本人の味覚に合わされているらしく、確かに食べやすいものでした。

国博のアジャンタ室には展示はなく、今回で確か3回目だと思いますが、今回は内容に乏しい博物館のように思えました。

イオンが提携していると言われるスーパーマーケットは、郊外型の大きなものですが、インドのチョコレートクッキーを野球関係者や孫娘達に買い込みました。



2018年01月14日

ビームベトカの岩絵をみてからサンチ―のストゥーパへ

2018年1月4日(木)  ビームベトカの岩絵をみてからサンチ―のストゥーパへ

6:00の気温は、12.4℃と寒いです。

午前中は、ボパールの南46qにある、Bhimbetka(ビームベトカ)という1万年前の岩絵を見に行きましたが、小高い山の上にある岩場には、狩猟や舞踊、宗教儀式、家事の様子等とともに、動物の絵が多く描かれています。

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赤く描かれた馬の絵があったので、私は「キタサンレッド」と命名しました。

午後にはアショカ王時代(前3世紀)のストゥーパを、前2世紀頃に拡大改築した遺跡を、ボパールの北東40qにあるサンチ―まで見に行きました。

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サンチ―には小高い丘の上に、3基のストゥーパがあり、付近には石造の寺院址が点在しています。

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第1塔には東西南北の4門が一部補修されながらも残されており、2本の柱や3本の梁には、Jataka(ジャータカ、本生探)と呼ばれる仏教説話等が彫られています。

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予習していった「サンチ―のストゥーパ」(溝口史郎、鹿島出版会)には、実に様々な物語等が説明されていて、それを今回新たに入手した双眼鏡を覗きこんで観ている訳です。

この当時には、仏陀を仏像としては表現されてはおらず、菩提樹とか宝座で表わされています。

このころの仏教は、今よりも純粋であったものと、思いたいところです。



市川ライオンズBの年頭会議の後 初練習は内外野守備とトスバッティング

2018年1月13日(土)  市川ライオンズBの年頭会議の後 初練習は内外野守備とトスバッティング

11:00から市川市塩浜体育館会議室で、市川ライオンズB(還暦B)チームの年頭会議がありました。

今年度の千葉県還暦野球連盟リーグ戦は3部に落ちましたから、当然好い戦績を残して、2部復帰を果たさねばなりません。

遠征試合については、栃木県(宇都宮市、栃木市)での大会への参加を続けるのか、或いは近隣の大会の可能性はないのか、等について議論しました。

また、今年度の希望・目標調書の提出を求められました。

目標は「3割、3本、30盗塁」、希望ポジションは第1希望は「中堅手」、第2希望は「遊撃手」として提出する予定です。

13:00から、普段の練習グラウンドである塩浜1号球場で、キャッチボールやトスバッティング、ロングトスバッティング(20球2回を2巡り)に汗を流しました。

ロングトスバッティングの守備については、古希Gでの遊撃手への起用を意識して、内外野ともに守備に就き練習に努めました。



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2018年01月13日

市川ライオンズGの初練習は国分広場で遊撃手の練習から

2018年1月12日(金)  市川ライオンズGの初練習は国分広場で遊撃手の練習から

今季から加入した市川ライオンズGの初練習に、11:00 から国分川調節池緑地多目的広場(市川市東国分)で参加しました。

12人が参加しましたが、私がチーム最年少ですので、‟悪ガキ”を目指したいと思います。

最初は寒かったのですが、運動しだすと陽が照っていたこともあって、寒さをそんなに感じなくなりました。

1月中は基礎の反復練習が中心で、無理をして怪我の無いようにという方針ですが、一旦やりだすと気分が乗って、力一杯のプレーをしてしまいます。

監督や主将からは、外野手は沢山いるので遊撃手をやってみないかと言われ快諾しましたが、今後は結果を出せるように頑張って練習するだけです。

還暦Bチームではセンターを守っていた人が他のチームに移籍したので、ライオンズBの希望守備位置申告には、センターと書きたいと思っています。

職域範囲を拡大することにより、リストラに耐えうる態勢を整えておかねばなりません。

遊撃手としての守備は、捕球・送球ともに好い感じでしたから、なんとか遣って行けそうです。

打撃投手の球が遅いので初めは戸惑ったものの、慣れてくると芯に当てられる様になりましたが、古希リーグの投手は軟投型が多いそうですから、緩い球の打ち方を研究する好い機会です。



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2018年01月12日

アウランガバード石窟見学の後は寝台列車に乗ってボパールへ

2018年1月3日(水)  アウランガバード石窟見学の後は寝台列車に乗ってボパールへ

アウランガバード石窟は市街地からそう遠くない所にある、6世紀に掘られた仏教窟ですが、13〜14窟あるとされています。

エローラやアジャンタに比べると小振りの石窟が多く、未完成窟もあり、彫像等からはヒンドゥー教の影響が感じられます。

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石窟のある所からの眺望は素晴らしく、アウランガバードの町が遠望できます。

Bibi-Ka-Maqbara(ビービーカマクバラ)は、「ミニタージマハル」とか「貧乏人のタージマハル」とか言われているそうで、形はタージマハルによく似ていますが、大きさや材質は劣ります。

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タージマハルを建造した、ムガル帝国第5代君主Shāh Jahān(シャージャハーン)の孫が、その母親である、第6代君主アウラングゼーブの妃の為に建造したものです。

アウランガバードからBhusawal(ブシャワール)まで行き、そこから鉄道に乗ってBhopal(ボパール)へと移動しました。

昼食は途中のJalgaon(ジャルガオン)で摂りビール(650㎖、5%)を注文しましたが、インドのレストランでの価格は高く500ルピー(約1,000円)もしますが、咽喉を潤すために仕方なく飲みます。

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寝台列車は両側2段で、15:10発21:30着だったので、1段目に腰かけて日本人やインド人と喋っているうちに、あまり退屈せずに着いてしまったという感じです。

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ただ車内では禁酒なので、バッグに入れてあるラム酒を取り出して飲むと、横柄で強圧的な国鉄職員に、どんな目に遭わされるか分からないので、諦めて我慢しました。

ボパールでは1984年に、Union Carbide社による農薬事故が起きており、S化学が同業者であるだけに、身につまされる話です。

ここは標高は500〜600mでアウランガバードと変わりませんが、緯度が23.1度と北に上がっているので、寒く感じます。

ホテルの窓が開けられたので気温測定してみたら、23:00現在で、13.7℃しかありませんでした。



「葛飾八幡宮」にお参りしてから旅友のお家に御呼ばれ

2018年1月11日(木)  「葛飾八幡宮」にお参りしてから旅友のお家に御呼ばれ

インド旅行で意気投合したYさんに、「越の白雁(はくがん) 本醸造にごり酒」(中川酒造、新潟県長岡市、19度)があるから一緒に飲もうと誘われ、隣の市川市まで出掛けました。

最寄り駅の近くに「葛飾(かつしか)八幡宮」(市川市八幡、旧社格は県社)があったので、遅めの初詣と決め込みました。

ここは宇多天皇の勅願により、900年頃に石清水八幡宮(京都府)から、下総国総鎮守として勧請したのが始まりだそうです。

毎年9月15日の例祭日から20日まで、「農具市」(通称「ボロ市」)が行われているようです。

Yさんとの関係は、Delhi空港の手荷物検査でYさんが手荷物に忍ばせていたライターが、私のバッグに入っているとのあらぬ疑いを受けたことに始まりましたが、その後多彩な趣味に関して話が弾みました。

大きなスピーカーが2種類置かれたオーディオ室に通され、DVDの画像とステレオサウンドに、ジャズからオペラ、井上陽水まで酔い痴れました。

カテキョー(週2回4時間で月8,000円)のお陰で購入したPIONEERのステレオコンポを実家に置いて、独身寮や社宅を渡り歩いた私の人生においては、とても叶わぬ夢だったので、残念な思いをしました。



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2018年01月11日

アジャンタ石窟は仏教窟のみで30窟の壮大な遺跡

2018年1月2日(火)  アジャンタ石窟は仏教窟のみで30窟の壮大な遺跡

アウランガバード(北緯19.5度)から北東に約100q、標高500〜600mのデカン高原を走り、高原のはずれを200〜300m高度を下げた所に、Ajanta(アジャンタ)石窟(北緯20.3度)があります。

車窓には時々、カラーフルなテントに住んでいる自称Roma(ロマ、ただし“ジプシー”の全てではない)が生活しており、現地ガイドさんによれば、食料などを盗んで生活しているものの政府は放置しているそうです。

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アジャンタには石窟が30窟ありますが、紀元前後から7世紀頃に掘られたので、エローラよりも時代的には古いと言えます。

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何んといっても有名な、法隆寺の壁画の源流とされている、「蓮華手菩薩の壁画」は、第1窟にありました。

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未完成の窟がかなりありますが、7世紀には仏教がインドでは衰退したので、その後は放置されました。

ヒンドゥー教のカースト制度に反抗した仏教やジャイナ教が衰微していった結果、カースト制度が進化していき、インドには現在の歪な社会があります。

第10窟のチャイティアは前1世紀の簡素なもので、窟内の壁には、アジャンタ石窟を虎狩りの際に見付けた、イギリス植民地軍の将校の落書きも見られます。

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第19窟のチャイティアは5〜7世紀のものなので、ストゥーパの前に仏像が彫られています。

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アウランガバードに戻る途中にスーパーマーケットに立ち寄る予定でしたが、「Dalit(ダリット)」と呼ばれる不可触民の抗議デモが行われていたので、街中には入れませんでした。

ITのような新しい職種では、カーストに拘らず有能な人材を登用しているそうですが、それらは恐らく少数に過ぎず、大方の低いカースト民は、未だに貧困に喘いでいるのが現状です。

今日は早目にホテルに戻ったので、風呂上りにラム酒をコップ一杯(180㎖、日本酒換算3合)戴き、いい気分になってしまいました。



GOGO80の初練習を高根木戸近隣公園野球場で

2018年1月10日(水)  GOGO80の初練習を高根木戸近隣公園野球場で

GOGO80の初練習に、高根木戸近隣公園(船橋市高根台)で11:00から参加しました。

15人ほどが集まり、最初にホームベースの上に塩を置いてお清めし、皆で清酒を飲み交しました。

80歳を迎えたSさんには花束が贈呈され、GOGO80の80(80歳、傘寿)を祝いましたが、我々にとっても励みになります。

IさんはFチーム(千葉県還暦古希野球連盟加盟)の練習があるので最初だけ参加されましたが、久し振りにキャッチボールをし、情報を交換しました。

日の当たりにくい3塁側のグラウンドがべちゃべちゃで、使い物にならないので、ライトやセンターの芝生を中心にせざるを得ません。

折角昨年に全面的な改修工事をしたというのに、これではまるで改悪ですから、市役所の説明を聞きたいところです。

今日は野球練習初日で肩慣らしの段階なので、投送球は5分程度の強さに止めましたが、打撃と脚は全開としました。

旅行から帰国後62.2sに約2s増量したので食事を控えめにしてきた結果、今朝は60.8sまで減量出来たので、最近近くに開店したスシローで青魚を摘んで、銀行を梯子して帰りました。



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2018年01月10日

エローラ石窟の後には 余り有名ではないピタルコーラ石窟にも足を伸ばす

2018年1月1日(月)  エローラ石窟の後には 余り有名ではないピタルコーラ石窟にも足を伸ばす

アウランガバードの北方30qにあるEllora(エローラ)石窟までの道の両側には、サトウキビや綿花の畑が広がります。

エローラには仏教窟(7〜8世紀、第1〜12窟)やヒンドゥ教窟(6〜9世紀、第13〜29窟)、ジャイナ教窟(9〜12世紀、第30〜34窟)がありますが、Ajanta(アジャンタ)窟(仏教窟のみ、前2から7世紀)に比べると、時代は少し下ります。

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何んといっても有名なのは、第16窟「Kailasanatha(カイラーサナータ<ですが、実に壮大で、ほんまによう掘ったなぁと感じます。

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しかし、現代の我々からすれば大変な作業と思われますが、この当時は、寺院を石材で建築するよりも、岩石を掘って製作する方が、技術的には容易だったようです。

一番奥の本殿にはリンガが祀られていて、信者たちが手で触れてお祈りしていますが、エナジーを貰っているんでしょうか。

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日本人の中にも手を触れて、精力満々になったと豪語している人もいましたが、それは チガウダロー コノ〇ゲー。

第10窟(7世紀)はエローラでは唯一のCaitya(チャイティア、祠堂)窟で、他は全てVihara(ヴィハーラ、僧房)窟です。

ここではStupa(ストゥーパ)の前に仏像が置かれており、仏陀が仏像の形に彫られるようになった3世紀以降の、比較的後期のものとされています。

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Jina(ジャイナ)教は我々には馴染の薄い宗教で、仏教と同時期にヒンドゥ教を批判して登場しましたが、僧侶はおらずチャイティアのみで、聖人像が祀られています。

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ジャイナ教は殺生を禁じていて、極端な場合には衣服も着けないそうなので、聖人像には男性器が彫られています。

昼食は石窟近辺のレストランで摂りましたが、今日は全国的に禁酒の日とかで酒を出してくれません、これは ウソダロー なんでやねん。

仕方ないので、バナナ入りのヨーグルト飲料Lassi(ラッシー)を戴きましたが、ビールよりカロリーがありそうです。

この後、エローラの北西37qにあるPitalkhora(ピタルコーラ)石窟まで足を伸ばしましたが、急な階段を100mほど上り下りしなければならず、観光客もまばらな遺跡です。

前3〜2世紀頃に掘られた古い仏教窟が13窟残されていますが、保存状況は決して好いとは言えません。

第3窟は前2世紀に掘られたチャイティアと言われ、窟の前面上部が木の根により砕かれているのは一目瞭然ですが、内部にあるストゥーパが崩壊しているのは、同じ理由によるとは思われません。

この辺りのデカン高原は玄武岩で出来ているそうですが、掘ったり削ったりはしやすい反面、脆い面もあるようです。

渓谷を渡った対岸にある第10・11窟には、2世紀頃に掘られたとされるチャイティアがあり、規模は小さく初期の姿を伝えているものとされています。

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交通渋滞の為ホテルに着くのが遅くなり、夕食前に“斎戒沐浴”出来なかったので、食後に風呂に入った後、当地の酒屋で購入したラム酒(43%、375㎖、260ルピー=約500円)を寝酒にしました。

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2018年01月09日

市川ライオンズ古希B(G)チームの新年会を本八幡の「くつろぎや」で

2018年1月8日(月)  市川ライオンズ古希B(G)チームの新年会を本八幡の「くつろぎや」で

今季から参加することにした、市川ライオンズ古希B(球団内では市川ライオンズG)の新年会に参加しました。

今季は、市川ライオンズ還暦B(球団内では市川ライオンズB)を本籍地として、市川ライオンズ古希Bにも登録しました。  

千葉県還暦・古希野球連盟では、還暦は還暦リーグ3部(10チーム)に降格されて年間9試合、古希は古希リーグ2部(7チーム)で年間12試合を戦うことになりそうです。

チーム員はある程度は既に顔見知りですが、年配の方になると、初めてという方もおられました。

古希チームで70歳というのは若手ですから、頑張ってチームの勝利に貢献したいと思います。

古希Aの時から、遠征に来ないかと声を掛けて下さったK監督(前古希A監督)と2人で、2次会としてカラオケに行きました。

今日は、雪国(吉幾三)や別れの一本杉(春日八郎)、お富さん(春日八郎)、長崎の鐘(藤山一郎)、長崎は今日も雨だった(内山田洋とクール・ファイブ)、喝采(ちあきなおみ)、京都去りがたし(森進一)、喜びも悲しみも幾歳月(若山彰)、さざんかの宿(大川栄策)、島育ち(田端義夫)、といった比較的古い曲を多く歌いました。



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2018年01月08日

エレファンタ島ヒンドゥ教石窟を見学してアウランガバードへ

2017年12月31日(日)  エレファンタ島ヒンドゥ教石窟を見学してアウランガバードへ

窓が開かないので気温測定は出来ませんでしたが、7:00頃の気温は21℃位だったしょうか。

Elephanta(エレファンタ)島に船で渡る前に、Dhobi Ghat(ドービーガート)という市内最大の洗濯場を、陸橋の上から眺めました。

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ムンバイのかなりの量の洗濯物が持ち込まれている地域で、多くの下層カースト集団の民が、人力による洗濯に従事しています。

Chhatrapati Shivaji Terminus(チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス)駅は植民地時代からの古い建物ですが、四半世紀前には此処から夜行列車に乗って、デカン高原にあるジャイナ教徒の広大な敷地にある立派な家へと向かったことを覚えています。

インド門から渡船に乗って、エレファンタ島まで往復しました。

島には6〜8世紀に掘られたヒンドゥ教の石窟が5窟あります。

北西インドには、仏教やヒンドゥ教、ジャイナ教の石窟が1,200窟あると言われていますが、ここもそのうちの5〜7です。

この後に訪問した石窟でも同じですが、崩壊した窟の数え方等によって、窟数が人によって異なります。

予習した書物には7窟あると書かれていましたが、見学対象になっていたのは5窟なので、数え方の違いがあるのか、公開されてない窟が他にあるのかも知れません。

主窟の第1窟は広さが40m平方、高さが6mある大きなもので、Siva(シヴァ)神にまつわる彫像や浮彫が至る所にあり、西奥には、お馴染みのリンガが祀られています。

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第2〜4窟は未完成で、崩壊した所もかなり見られ、窟内に水が溜まっている窟もありました。

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16:10ムンバイ発17:15Aurangabad(アウランガバード)着のジェット航空9W-2511便で、移動しました。

ここはムガル帝国第6代君主Aurangzēb(アウラングゼーブ、在位:1658-1707年)が開いた町で、今でもムスリムが多く住み、モスクが目立ちます。

今晩はホテルの新年GALAパーティーでノミホーだったので、本領を発揮して、ビールや紅白ワイン、ラム、ウィスキーを戴きました。

前の晩は2時間以内(4:00〜6:00、日本時間7:30〜9:30)しか眠れる時間がなかったので、体調管理の為、カウントダウンには付き合わずに、さっさと部屋に戻って休みましたが、睡眠不足と酒のお陰でぐっすり寝込みました。



2018年01月07日

サングリーンテニスクラブでの朝練で2018年の初打ち

2018年1月7日(日)  サングリーンテニスクラブでの朝練で2018年の初打ち

2018年初頭のテニスの朝練に、サングリーンテニスクラブ(船橋市古和釜)で9:00から参加しました。

7人が参加しました。

ストローク強打返球やヴォリィ、サービス&ヴォリィまでは、海外旅行期間中に筋肉を休めたので好調でしたが、最後の50球スマッシュでは流石に疲れが出てきて、数本はネットに引っ掛けました。

大山登山で痛めていた、膝の上部の痛みは消えました。

練習後試合もしましたが、相手の得意なバックヴォリィを2球打たしてしまったことを除けば、まあまあの2018年の始動となりました。



posted by yone at 13:02| Comment(2) | テニス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月06日

アジャンタやエローラの仏教遺跡等を訪ねる旅に

2017年12月30日(土)  アジャンタやエローラの仏教遺跡等を訪ねる旅に

11:30成田発18:00(時差3.5時間)Delhi(デリー)着のエアインディアAI-307 便で、インド北西部にある仏教等の石窟寺院等を訪ねる旅に出発しました。

年末の混雑に加え、エアインディアの対応の拙さに苛立つ始まりとなりました。

エコノミークラスで、紅白の「SULA」ワインを味わっているうちに、気分は鎮まっていきました。

アジャンタやエローラについては、小学生の頃には学んでいたように記憶していますが、一度は訪ねてみたいとは思っていたものの、他の地域を優先して来たので、今回になった次第です。

これまでにインドには、6つの夫々に特徴的な地域(ザンスカール、アルナチャールプラデシュ、ナガランド、オリッサ、南インド、仏陀の足跡)を訪ねたので、今回は7カ所目になります

インドは広い国なので、一口には言い表せない程色んな姿形が見えてきます。

23:00Delhi発1:05Mumbai(ムンバイ)着AI315便で入国しましたが、イミグレの列の前に並んでいたニュージーランドの印僑のように、里帰りする人達で外国人列も込み合っています。

Mumbaiは北緯18.6度にあるので、昼間は暑くなりそうですが、夜中は21℃位だそうで、少し肌寒く感じます。

もう四半世紀前になりますが出張で来た時には、路上で寝ている人たちが大勢見られましたが、今回は目に付きませんでした。