2017年01月18日

伏見稲荷大社御旅所

2017年1月11日(水)  伏見稲荷大社御旅所

今回の京大病院は冬期の道路事情を考慮して、「JR50+」を利用して、こだま号のグリーン車で、お茶を飲んで読書しながら行きました。

宿泊した京都駅近くのホテルの北側に、「伏見稲荷大社御旅所」(南区西九条)があることを、初めて知りました。

寒い京都の夕暮れ時とて、参拝者は私以外に居ませんが、「大神宮」(祭神:天照皇大神、豊受皇大神)、「上命婦社」(祭神:上之命婦)、「下命婦社」(祭神:下之命婦)の3殿が祀られています。

普段は静かですが、4月20日前後の日曜日〜5月3日の「稲荷祭」の期間には、大変賑わうそうです。

日程を見ると、神輿が稲荷大社から2時間で御旅所に着いているので、なんでやねん、と思ったのですが、5基の神輿はトラックで運ばれるようです。

稲荷祭の「氏子区内巡幸」が、伏見稲荷大社から可成り離れた此の近辺で行われるのが、意外です。

夜は久し振りに、酒の強い従弟(父の弟の次男)と京都駅近辺で飲み、新幹線の発着を窓越しに見ながら、カラオケで交互に10数曲ずつ歌ったので、グッスリ眠ることが出来ました。

幼い頃からよく遊んだ従弟から、「伯母さん(私の母)の喋り方と一緒やもん」と言われた時には、母の性格に私が一番似ていると思っていたものの、やっぱりそーなんだ、と思いました。

アメリカ合衆国で生活している従兄(父の長兄の長男)が、従兄弟姉妹会をしたがっているのは前から聞いていましたが、実現できそうにないので、この秋にでも2人でアメリカへ行こうかという話にもなりました。

翌日は京大病院の後、宝が池で高校の同級生の主宰するサークルに寄せてもらって、テニスをしてから帰りました。

京都駅構内では「松葉」のにしん蕎麦を昼食に戴き、八重洲では「マグロ茶屋 北の浜」で、刺身と野菜サラダを、生大で戴きました。



posted by yone at 08:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 神社仏閣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月17日

日体大軟庭部出身の本チャン

2017年1月10日(火)  日体大軟庭部出身の本チャン

旅先で知り合った、日本体育大学軟式庭球部出身の“本チャン”と、テニスのお手合わせをさせて頂くことになりました。

旅行中、お互いの経歴や体形、膝・肩・腰等の身体状況、年齢、最近のテニス運動量等について、腹の探り合いに終始しました。

所詮は、決着がつくまでの御慰みですが。

D大学軟式庭球部出身の友人とはいい勝負であると告げると、当初からの上から目線的風貌に、わずかながら表情や顔色に変化が認められたので、この辺がポイントになりそうです。

またTK大学硬式庭球部出身の友人には、70歳になったらシングルスで打ち破る計画だったものの、癌で亡くなってしまったので、目標の1つが失われたという話に対しても、多少の反応がみられました。

今日は「藤沢周平展」を三越本店まで観に行く予定だったので、その帰りに、葛飾区でオーナーシェフをしておられるフレンチレストランを訪れて、美味しくてヴォリュームのある料理を、赤フランスワインで戴きました。

お手合わせの場所や人選、日程等についても、話し合いました。



posted by yone at 00:06| Comment(2) | TrackBack(0) | テニス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月16日

ルアンパバーンから成田へ

2017年1月7日(土)  ルアンパバーンから成田へ

ルアンパバーン空港での荷物検査では、ダメもとで米焼酎と水をリュックに入れた儘にしていたのですが、幸いにして取られなかったので、待合室で結局一本720mlを“完飲”して、凄く幸せな気分になりました

IMG_0722 (2).JPG

19:10ルアンパバーン発ヴェトナム航空VN930便でハノイに向かい、トランジットして00:45ハノイ発VN310 便で、成田には7:00に帰着しました。

ハノイ空港のラウンジの設備は中々のものでしたが、麺はインスタントという有様だったので、適当に飲んでました。

飛行時間が4時間強しかなかったので、ワインを一杯飲むと一眠りしました。

機内の朝食は和食を選択し、Made in Vietnamの料理を戴きましたが、もう朝なので酒類は止めました。

まぁしかし、よう飲んでよう歌うた旅行やったなぁ。



posted by yone at 07:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 海外旅行(ラオス) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月15日

ルアンパバーン(2)

2017年1月6日(金)  ルアンパバーン(2)

5:30の気温は18.6℃で、雨は上がりました。

象乗りはネパール以来ですが、ここには犀がいない代わりに、象の頭に乗せてもらいました。

IMG_0603 (2).JPG

“鐙”はなく、掴まるところは象の耳の骨の部分しかなく、それも前後に動くので、落ちたらどないなるんやろと思うと、怖かったです。

胡麻が振られた川海苔の揚げ物が、少し油濃かったものの物凄く美味しかったので、またまた米焼酎40%が進みました。

IMG_0680 (2).JPG

「ワットシェントーン(Wat Xiengthong)」は、1560年にセーターティラート王が建てた、反りの激しい2〜3重屋根の、ルアンパバーン様式の仏教寺院です。

「ワットマイ(Wat Mai)」は、1778年に建造された、最上格の王宮寺院です。

「王宮博物館」は、フランスが保護領時代の1909年に、「シーサワンオン(Sisavang Vong)王」の住居として建設したものですが、王を地下牢に幽閉して衰弱死させたそうです。

「プーシー(Phousi)丘」(「仙人」の意)は高さが150mあり、町の眺望が見事です。

スーパーでは、野球俱楽部の皆さんへの土産にタイ製のビスケット、娘の家で飲むためのワイン、韓国製海苔を買いました。

今まで何処の国でも、使い残した現地通貨では足りない金額を、クレカで支払ってきましたが、ここではそれが出来ないので、不足額は米ドルで支払いました。



posted by yone at 06:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 海外旅行(ラオス) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月14日

ルアンパバーン(1)

2017年1月5日(木)  ルアンパバン(1)

4:30 の気温は17.9℃で雨が降っているので、少し肌寒く感じます。

外国人観光客が、仏教徒と同様にかどうかは知りませんが、功徳を積むことが出来る場所があり、あたりでは供物を売る露店も出ています。

シロ系の人間が多かったように思いますが、キリスト教圏の者には、仏教儀式は物珍しいんでしょうね。

雨の降る中を5:00過ぎから待つ中、6:00頃になってやっと2つの僧侶の小行列がやってきました。

朝食では、太めのうどん型の米麺を選びました。

IMG_0530 (2).JPG

「サンハイ村(Ban Xang Hai)」では、「ラオラーオ」を製造しており、出来立てを試飲させていただきました。

IMG_0531 (2).JPG

「Lao Lao Whisky」(小瓶60t?、50%)、「Lao Rice Wine(白)」(15%)、「Lao Rice Wine(赤)」(15%)の3点セット(各10,000キープ=150円)を、日本への持ち帰り用に購入しました。

IMG_0535 (2).JPG

酔仙さんや滋賀のK君に飲んでもらう為に、置いておくのは至難の業かな?

サンハイ村からモーターボートでメコン川を遡上クルーズし、北へ25qにある「パクウー(Pak Ou)洞窟」に到り、4,000体の仏像が並ぶ洞窟を見学しました。

昼食には、ペットボトルに詰め替えた米焼酎40%が、進みました。

午後は、ルアンパバーンの北32qにあり、ラオスの九塞溝と言われる「クワンシー滝(Tat Kuangsi)」を見学しましたが、シロ系の数人が寒くないのか泳いでいました。  

夜市を散策してから、郷土料理店「ソンパオ(Sonphao)」で夕食にしましたが、夜市ではラオコーヒーを買ってみました。

IMG_0567.JPG

民族舞踊は、以下の5曲が舞われました。

1.Lao Phane ラオスの独立を祝う踊り

IMG_0570 (2).JPG

2.Phao モン族の踊り

IMG_0575 (2).JPG

3.Ling 宮廷での猿踊り

IMG_0581 (2).JPG

4.Dok Champa 国花チャンパの踊り

IMG_0582 (2).JPG

5.Nang Keo ファーグム王妃ケオに捧げる踊り

IMG_0588 (2).JPG

IMG_0591 (2).JPG

17:00の気温は22.5℃、21:00で20.6℃ですから、涼し目です。



posted by yone at 08:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 海外旅行(ラオス) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月13日

ジャール平原

2017年1月4日(水)  ジャール平原

標高が高いので、5:00の気温は15.9℃と低めです。

ホテルが丘の上にあったので、歩き回ることはなく、周囲の展望を楽しめました。

「ポーンサワン(Phonesavan)市場」は、モン族の集まるところです。

土竜(我々の見たところでは太ったネズミで体長20p強)や燕、水牛の角が珍しいものですが、違法なものもあって、販売者が嫌うので、写真は公開できません。

「ジャール平原(Plaine des Jarres)」は標高1,000mにあり、「モン・クメール(Mon Khmer)族」が、紀元前500年から紀元後800年頃に残したと考えられている「石壺」(フランス語でJarres)が散乱しています。

IMG_0474 (2).JPG

石壺は大きなものでは高さが3.25mもあり、中が刳り貫かれています。

IMG_0477 (2).JPG

石棺説が有力ですが、酒・米貯蔵のためのものという説もあり、定説には至っていないそうです。

IMG_0481 (2).JPG

蓋の付いた石壺は一つだけですが、ありました。

IMG_0493 (3).JPG


ここはまたヴェトナム戦争の激戦地ですから、所々に爆撃による大きな穴が残っており、洞窟は火葬場になっていました。

IMG_0497.JPG

地雷処理が「MAG(Mines Advisory Group)」という団体によって完了したという標識も見られましたが、標識外に出ることは自殺行為です。

IMG_0471 (2).JPG

濃霧や雨の中を、ポーンサワンから北西へ約340qにある「ルアンパバーン(Luang Phabang)」(ヴィエンチャンからは北へ約400q)に向け移動しました。

昼食は道路沿いの料理店で、「フー(Feu)」を戴きました。

IMG_0508 (2).JPG

ルアンパバーンは人口が約40万人(2005年)あり、「ファーグム(Fa Ngum)王」(在位1353〜1372年)が「ランサーン(Lanexang)王国」(1353〜1707年)の都をおいたところで、日本であれば京都か奈良といったところです。

夕食はルアンパバーンで、フランスコロニアルスタイルのレストラン「エレファント」で摂りました。

19:00の気温は21.6℃、22:00には20.0℃と、少し北にあることと雨が降っているせいか、若干肌寒く感じます。



posted by yone at 09:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 海外旅行(ラオス) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月12日

ヴァンヴィエン

2017年1月3日(火)  ヴァンヴィエン

5:30の気温は22.7℃なので、寒くはありません。

繁華街を朝散しましたが、ハングル文字の看板が目立ちます。

朝食会場にも韓国人が多く、メニューにもキムチがあるので戴きましたが、ちょっと塩辛かったです。

メコン河の支流「ナムソン(Nam Song )川」をボートで上り下りしましたが、私は桂林には行ってませんが、桂林とは名ばかりで、「タムチャン(Tham Chang)洞窟」という鍾乳洞も今一でした。

ヴァンヴィエンから北東へ310qの道のりを、曲がりくねった標高1,000〜1,400mの山道を走って、「シェンクワン(Xieng Khouang)県」(人口約26万人)の県庁所在地「ポーンサワン(Phonesavan)郡」(人口約6万人)まで移動しました。

「プークーン(Phou Khoun)」の町から7号線に入ると、嘗てのホーチミンルートです。

道沿いには、「モン・クメール(Mon・Khmer)系語族」に属する「カム(Khmu)族」の高床式住居や、「モン・ミエン(Hmong・Mien)系語族」に属する「モン(Hmong)族」(中国では蔑称で「苗族」と呼ばれる)の高床でない住居が見られます。

モン族の正月は年末から年初にかけて村ごとに行われており、所々で民族衣装に着飾った娘達や若者達が、毛の禿げたテニスボールを、向かい合って投げ合っていました。

IMG_0429 (2).JPG


IMG_0445 (2).JPG

気に入った者に投げることを通じて、カップルが生まれて来たそうです。

ポーンサワンのホテルでは、カラオケで孫娘が教えてくれた、ピコ太郎の「Pen-Pineapple-Apple-Pen(PPAP)」の触りだけを演じました。

ここは標高1,050mにあるので、19:00の気温は19.1℃、21:30では17.9℃と、すこし低めです。



posted by yone at 22:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 海外旅行(ラオス) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月11日

タレーブアデーン

2017年1月2日(月)  タレーブアデーン

5:00の気温は22.8℃で、ラオスよりも高めです。

朝食には、厚さ2〜3oの、日本で売られている餅2個の入った雑煮を戴きました。

ラオスでは糯米が主流なのですが、餅には出くわさないので、朝食ビュッフェでは、餅のコンビネーション雑煮は作れません。

ウドンターニーから東へ約40qにある「タレーブアデーン」(「赤い睡蓮の湖」の意)に行き、湖上に咲き乱れる睡蓮の花を鑑賞しました。

IMG_0389.JPG

睡蓮(Water Lily)は蓮(Lotus)とは似ていますが、違います。

ラオスへの入国では、数十分ほど足止めを食らいましたが、袖の下がらみの様です。

昼食はヴィエンチャンの「Kualao」という、野田首相や小泉首相も食事したレストランで、「パカオ(Pa Kao)」という幕の内弁当のような形式の食事を戴きました。

IMG_0391 (2).JPG

先日買い込んだ「ラオスの黒米焼酎」を、250ml(清酒換算3合強)のミネラルウォーターペットボトルに詰め替えて、肌身離さずに持ち歩いているので、腹が膨れて料理がまずくなるビールを飲まなくて済みます。

ヴィエンチャンの北160qにある、ラオスの桂林と呼ばれる「ヴァンヴィエン(Van Vieng)」に向けて、蛇行を重ねる国道13号線を北進しましたが、途中のガソリンスタンドで、ラオラーオ(720ml、40%、12,000キープ=180円)を見付けたので、1本買い込みました。

IMG_0454 (2).JPG

ヴェトナム戦争時の米軍の飛行場跡にバスから降ろされて、オンボロトラックでホテルまで搬送されました。

IMG_0393 (2).JPG

湯浴み後には買い込んだワインを2合飲んで好い調子になっていたら、夕食時にホテルの計らいで1ショットのラオラーオが振舞われましたが、11杯中の8杯が私の所に集中したので、えらいことになりました。

結局、お返しのような形で、「浪花恋しぐれ」や「六甲おろし」、「法善寺横丁」といった、関西に関する曲を、アカペラで歌わせていただきました。

前を流れるナムソン川の向うから聞こえてくる、正月気分の大騒音も気にならずに、眠りにつきました。

18:30の気温は29.5℃、21:30の気温は25.9℃でした。



posted by yone at 08:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 海外旅行(ラオス) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月10日

ヴィエンチャン市内観光

2017年1月1日(日)  ヴィエンチャン市内観光

5:00の気温は20.1℃で、快適です。

元旦の朝は、餅の代わりに米麵が入った“雑煮”を戴きました。

IMG_0330 (2).JPG

ホテル周辺の一区画を朝散したら、ラオス初の王国「ランサーン(Lanexang)王国」(1353〜1707年)を建国した「ファーグム(Fangum)王」(在位1353〜1372年)の銅像がある公園では、カウントダウンのガラパーティの宴の跡を、後片付け勤しむ方々が居られました。

パラパラと降って来たので、バスストップで雨宿りしました。

ホテルで紅白歌合戦の前半部分を見て、趣向が随分変わったなと思っていたら、帰国後ネットには、今年の企画に賛否両論が渦巻いていました。

「ワットシーサケット(Wat Sisaket)」は、ルアンプラバンからヴィエンチャンに遷都した「セーターティラート(Setthatirath))王」(在位1548〜1571年)により、1551年に建てられたヴィエンチャン最古の仏教寺院です。

本堂内の壁龕には2,052体、回廊の壁龕には3,420体の仏像が安置されています。

IMG_0333.JPG

ラオスには韓国からの観光客が圧倒的に多いのですが、仏教寺院なので足を露出している人は、シンという巻きスカートを穿かされますが、多くの女性が穿かされていました。

他国の文化には無頓着な心根が、垣間見えたように思います。

「ワットホーパケオ(Wat Ho Phra Keo)」は、セーターティラート王によって1562年に、エメラルド仏を安置するために建てられました。

本物はタイに略奪されてバンコクにあるそうですが、タイ族とは近親関係にありながら幾度か戦火を交えているので、御多分に漏れず近親憎悪の仲にあるようです。

「タートルアン(That Luang)」は、16世紀中葉にセーターティラート王により建立された仏教寺院の大本山で、85m角の基台の中心に、45mの仏舎利塔が建てられています。

IMG_0349 (2).JPG

昨晩ライトアップされた姿を見た「パトゥーサイ」は思ったより大きくて、高さは45m(模したとされるパリの凱旋門は50m)あり、膝に違和感を抱えながら昇降しましたが、最上階からの眺めは中々素晴らしかったです。

2階部分にある土産物店で、ラオスの地図が描かれたTシャツ(25,000キープ=400円弱)を購入しました。

ラオス最大級のマーケット「タラートサオ(Talat Sao)」(「朝市」の意)には、本社を渋谷区神社前(神宮前ではない)〇〇大厦に置く「MINISO?、メイソウ」なる店が繁盛しており、ユニクロやダイソー、無印等の代役を務めています。 

IMG_0365 (2).JPG

午後、隣国のタイの「北の都 ウドンターニー(Udon Thani)」へ移動しましたが、正月休みにタイに遊びに行く人達で、ヴィエンチャンから20q程の国境は混雑していたものの、1時間程度で出入国は完了しました。

夕食時には、ラオス料理レストランでの流れのままに、「雪国」や「分かってください」、「恋」、挙句の果てにはデュエット曲「銀恋」まで、アカペラで歌ってしまいました。

国境から約50q南のウドンターニーは流石に暑く、18:00には26.4℃、20:30でも25.6℃ありました。



posted by yone at 07:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 海外旅行(ラオス) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月09日

コーン島

2016年12月31日(土)  コーン島

窓が開けにくい部屋だったので気温測定はしてませんが、メコン河畔を朝散した時の体感温度は、17〜18℃といったところでしょうか。

6:30頃の日の出では「陽はまた昇る」(谷村新司)ことはなかったものの、「♬ ホテルはリバーサイド、川沿いリバーサイド、朝散もリバーサイド、Ohリバーサイド ♬」 (森進一)ということになりました。

おまけに偶々“托鉢もリバーサイド”ということになり、僧侶6人が、茣蓙を敷いて待っていたおばあさんたちから、主に米飯の施しを受けていましたが、なぜか犬どもも6頭集まってきて"托口”してました。

IMG_0290 (2).JPG

コーング島から約20q南下して、シーパンドーンのコーンパペン滝とは反対側の、カンボディア国境に近い西端にある「デット(Det)島」と「コーン(Khon)島」に、渡しボートで渡りました。

IMG_0296.JPG

下流にあるコーン島の南端で上げた船や貨物を、「鉄道橋」を渡ってデット島の北部まで運搬する為の鉄道を、フランスが建設しました。

IMG_0308 (2).JPG

IMG_0304 (2).JPG

「ソンパミット(Somphamit)滝」はコーン島の西端近くにありますが、この落差を船が遡上するのは、先ず無理でしょうね。

IMG_0303 (2).JPG

この落差の所為でラオスの発展が遅れたとは、よく言われたり書かれたりしてますが、この天然の要害のお陰で侵略を免れて、今の部分が生き残れたの鴨。

鉄道橋のたもとにあるレストランでの昼食では、「Beerlao Gold」(330ml、5%、15,000キープ)と「Beerlao Black Lager」(330ml、6.5%、15,000キープ)を飲みましたが、Beerlao よりはコクがあり美味しかったです。

IMG_0313 (2).JPG

IMG_0317 (2).JPG

パクセーで有名な富豪おばあちゃんが経営するスーパーでは、「ラオス黒米焼酎」(720ml、25%、パクセー産、110,000キープ=1,650円)とフランスワイン「ENTRECOTE」(720ml、13.5%、95,000キープ=1,400円)を買い込みました。

IMG_0394 (2).JPG

IMG_0372 (2).JPG

パクセー17:30発「ラオス国営航空(Lao Airlines)」QV224便でヴィエンチャンへ戻り、「TAMNAK LAO」というラオス料理店で、「カオプン」というラオス料理を戴きました。

IMG_0322 (2).JPG

民族音楽の楽器による演奏と民族舞踊を鑑賞した後、周りの煽てと声援に乗せられて、舞台で「北国の春」を歌いました。

IMG_0323 (2).JPG

ホテルへの帰途、ライトアップされた「パトゥーサイ(Patou Xai)」(「勝利の門」の意)を見ましたが、1967年に着工された、戦没者慰霊のためのものです。

IMG_0329 (2).JPG

ヴィエンチャンのホテルでは紅白歌合戦が何年か振りに視聴出来、いく年くる年も見ていたら眠くなったので、周囲のカウントダウンを目的にしたガラパーティの大騒音も気にならずに、眠って仕舞いました。



posted by yone at 09:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 海外旅行(ラオス) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月08日

ワットプー

2016年12月30日(金)  ワットプー

早朝5:00の気温は16.1℃なので、長袖シャツを羽織るといい感じです。

ヴィエンチャン発8:10「ラオス国営航空(Lao Airlines)」QV223便(ATR72-600、プロペラジェット機)で、南へ約670qにある「パクセー(Pakse)郡」に9:25に着きました。

パクセー郡は、「クメール(Khmer)族」発祥の地である「チャムパーサック(Champasak)県」(「県」は全国に16ある)の県都で、人口が10万人ありラオス第2の都市です。

「ワットプー(Wat Phu)」(「山の寺」の意)は、パクセーから南へ35qの「チャムパーサック郡」(「郡」は全国に140ある)にあり、7世紀に建てられたヒンドゥー寺院でしたが、現在では仏像が本尊として祀られています。

IMG_0260 (2).JPG


クメール族がすぐ南にある現在のカンボディアに移動して、アンコール文化を開花させました。

本殿奥の祠堂は7世紀のチャム様式ですが、本殿は12世紀のアンコール様式とされています。

参道の北側に建てられた「北宮殿」の廃墟を歩いていたら、少し上方の石壁にグリーンスネイクの類の蛇が張り付いて、下を睨みつけているではありませんか。

IMG_0268 (2).JPG

肝を冷やしたので、膝の違和感も忘れて、その下を全速力で走り過ぎました。

カンボディア国境のすぐ北にありメコン川の舟運を妨げている「シーパンドーン(Siphan Don)」(「4,000の島」の意)までは、ワットプーからパクセーまで戻って「日本ラオス友好橋」でメコンを渡河し、国道13号線を100q程南下しました。

昼食の中国料理では「川海苔のスープ」が美味でしたが、「ビアラーオ(Beerlao)」(640ml、5%、15,000キープ=約230円)で戴きました。

IMG_0270 (2).JPG

IMG_0271 (2).JPG

「シーパンドーン」にある「コーンパペン(Khonephapheng)滝」は落差20m程、幅が300mある最大の滝ですが、迫力は雨季にはこんなもんではないそうです。

IMG_0280 (2).JPG

「Khong(コーング)島」内にあるリゾートホテルでの夕食では、「ラオラーオ(Lao Lao)」(「ラオスの酒」の意、米焼酎、40%、1ショット5,000キープ=約75円)も2杯試してみました。

ビールのように腹が張らないので、今後は此れやな、と思いました。



posted by yone at 19:49| Comment(4) | TrackBack(0) | 海外旅行(ラオス) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月07日

成田からヴィエンチャンへ

2016年12月29日(木)  成田からヴィエンチャンへ

9:30成田発ホーチミン行きヴェトナム航空VN 301便で、「ラオス人民民主共和国(Lao People's Democratic Republic)」へと向かいました。

中央アジアや西アジア、南アジア、東南アジア地区への旅行の、一応の一区切りの“中締め”とするために、未だ一度も行ったことのないラオスを訪問しました。

ラオスはタイのタイ族との関係が深く、我々が見た目では区別がつきかねますが、タイ東北部のイサーン地方(2013年正月前後に訪問)やカンボディア北部(2010年1月に訪問)と国境を接しており、密接な関係にあります。

今回は一部しか見る機会はありませんが、北部には多くの少数民族が居住しており、ヴェトナムや中国南部にいる仲間との繋がりもあります。

ホーチミンとプノンペンでトランジットして、19:25(日本との時差2時間)に、ラオスの首都「ヴィエンチャン(Vientiane)」に着きました。

成田でも空いてましたが、ヴィエンチャンは首都の空港にしては小ぶりで乗客も少なかったので、荷物の受け取りやパスコンがスムーズに終わりました。

ヴェトナム航空のビジネスクラスのラウンジは立派で、成田やホーチミン、プノンペンでは、ホーなどの料理やワインの類をどんどん戴きました。

機内では「かぐらめ」と「家族はつらいよ」という、“2本立て”の映画を鑑賞しました。

ヴィエンチャンは北緯18度にあり、標高は100m程度ですが、気温は21:00で20.9℃と、過ごしやすい気温です。



posted by yone at 20:24| Comment(6) | TrackBack(0) | 海外旅行(ラオス) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月25日

GOGO80忘年会

2016年12月24日(土)  GOGO80忘年会

地元の野球倶楽部「GOGO80」の忘年会が、「ふる里」という居酒屋で行われました。

会員26名中16名が参加しましたが、私は、平均年齢74.3歳の中では、下から3人目の若造″です。

市川ライオンズの今年最後の練習を市川市で終えて、交通渋滞の中を1時間以上掛けて船橋市の自宅へ戻り、20分歩いてやってきました。

いつもの通り、大いに飲み食べ話しました。

二次会は2駅歩いてカラオケに行き、森進一「命与えて」、松山千春「恋」、都はるみ&岡千秋「浪花恋しぐれ」を歌いました。



posted by yone at 12:47| Comment(4) | TrackBack(0) | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月24日

薬研堀不動院

2016年12月23日(金・祝)  薬研堀不動院

ウランバートルへ行く前に孫娘と、JR浅草橋駅で降りて両国まで、歴史散歩しました。

「柳橋(やなぎばし)」では、昔ながらの黒塀を、一軒だけ見つけました。

柳橋の南にある、真言宗智山派大本山川崎大師平原寺の東京別院「薬研堀(やげんぼり)不動院」(東京都中央区東日本橋)は、古くから目黒、目白と並び「江戸三大不動」とされているようです。

明治25(1892)年以降、川崎大師の東京別院となっていますが、秀吉の焼き討ちを受けた際に、「根来寺(ねごろじ)」にあった本尊を、大印僧都が背負って東国に下り、この地に堂宇を建立したのが始まりだそうです。

狭い所ですが、境内には「順天堂発祥之地碑」や「講談発祥記念之碑」が建てられています。

「両国橋」を武蔵国から下総国側に渡って両国では、「春日野部屋」や「出羽の海部屋」といった相撲部屋を通りましたが、ひっそりしていました。

「吉良邸跡」の隣にある「EDO CAFÉ 縁処」でお茶をして、「和菓子と緑茶」を戴きましたが、孫娘は凄く美味しいと言って喜んでました。

「安田庭園」は改修のため閉園中であり、「国技館」はAKBかなんかの公演があるとかで入れず、時間を持て余してしまいました。

夕闇の中「回向院(えこういん)」で、義賊「鼠小僧次郎吉」の墓を見学したりして時間を潰し、早めにウランバートルに着きました。



posted by yone at 08:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 神社仏閣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月23日

ウランバートル(両国のモンゴル料理店)

2016年12月23日(金・祝)  ウランバートル(両国のモンゴル料理店)

ウランバートルへ行ってきました、ただし東京は両国のモンゴル料理店。

2014年7月以来のモンゴル料理です。

孫娘や娘達との非宗教的クリスマス会ですが、明日のEVEは都合が悪いので、今日になりました。

モンゴルウオッカ以外は日本の酒だったので、フランスワイン(BARON DE LESTAL BORDEAX)を娘とシェアしました。

先ずは、「ボーズ」 (ミンチ羊肉と野菜の入ったモンゴルの餃子)と「ホーショール」(ミンチ肉と野菜の入ったモンゴルのピロシキ) を摘みにしました。

どの料理もヴォリュミナスなので、少しづつ頼みました。

次は「ウランバートル・サラート」 (ピーマン、人参、キュウリの自家製ピクルスのサラダ)や「バンシ」(羊肉が入った茹で餃子)を戴きました。

メインにした「ラムのスペアリブ」は、モンゴルで食べた塩茹でとは違って、日本的な味付けがなされていました。

娘たちは締めに、「ゴリルタイ・ショル (モンゴルのうどんスープ) を選び、完食していました。

デザートの「チャチャルガンジャム入りヨーグルト」は、少し酸っぱい味が爽やかでした。



posted by yone at 22:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 海外旅行(モンゴル) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月20日

了仙寺・玉泉寺他(下田)

2016年12月18日(日)  了仙寺・玉泉寺他(下田)

テニスの朝練に孫娘とともに参加した後、孫娘達と下田温泉(静岡県下田市)への旅行に出掛け、「黒潮ホテル」に一泊しました。

夕食前には部屋付きの露天風呂でテニスの汗を流し、翌朝には展望露天風呂で、前の晩の卓球と寝汗を流しました。

娘は専ら「サッポロ生ビール黒ラベル中びん<伊豆ラベル>」を飲んだので、私は「SAPPORO WINE POLAIRE」(サッポロワイン製造、11%)を飲みながら、地魚や伊勢エビ料理を美味しく戴きました。

夕食後は、貸し切りのカラオケと卓球を楽しみましたが、孫娘は卓球が一番楽しかったようです。

翌月曜日は、下田市内の寺院を中心に観光しました。

嘉永7・安政元(1854)3月、神奈川において「日米和親条約」が締結されて下田が開港場となると、ペリー艦隊が次々と入港してきたので、「日蓮宗 法順山了仙寺(りょうせんじ)」は上陸したペリー一行の応接所となりました。

また同年5月には、日米和親条約の付帯協定「下田条約」が調印されたので、了仙寺は「玉泉寺」と共に米人休息所ともなりました。

了仙寺の近くにある「真言宗 大浦山長楽寺(ちょうらくじ)」は、安政元 (1854)年にプチャーチンと「日露和親条約」が締結された場所で、安政2(1855)年には「日米和親条約」の批准書が交換された場所でもあります。

伊豆急下田駅近くにある「八幡山宝福寺(ほうふくじ)」は、下田奉行所跡であり、「唐人お吉」の菩提寺です。

歩いても近くにある「稲田寺(とうでんじ)」には、お吉と関係の深かった船大工の「鶴松」が眠っています。

下田港近くにある「 安直楼(あんちょくろう)」は、 苦悩の生涯を送ったお吉が、明治15(1982)年から小料理屋を営んでいたと言われています。

「曹洞宗 瑞龍山玉泉寺(ぎょくせんじ)」は、日本初のアメリカ領事館が置かれた所で、安政3(1856)年に米国総領事「タウンゼント・ハリス」が着任しました。

「日露和親条約」の交渉場所でもあるので、米露両国人の墓もあります。

興味深かったのは、境内に「日本最初の屠殺場の跡(屠牛木)」や「牛乳発祥の碑」があったことです。



posted by yone at 11:04| Comment(4) | TrackBack(0) | 例大祭、神輿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月17日

市川ライオンズ総会・納会

2016年12月17日(土)  市川ライオンズ総会・納会

「古希・還暦市川ライオンズ球団」の「平成28年度定期総会」が、JR市川駅近くの「山崎製パン企業年金会館」で行われました。

今年度活動報告や決算報告、来年度活動計画、来年度予算案が、承認されました。

来年のチーム編成は、各人の希望が尊重されますが、希望が著しく偏重した時には、5チーム(還暦A・B、古希A・B、D)の監督によるドラフト会議で、再配分されます。

私は「還暦B」を継続しますが、退部2人を始め、「浦安ベイクラブ」への移籍3人、「船橋クラブ」への移籍1人、「古希A」への転出2人で、計8人が去り、「還暦A」から2人、「古希A」から1人が転入したので、来期は在籍者17人となります。

総会に引き続き会館地下で行われた納会では、大いに食べて飲み、野球談議に花を咲かせ、坂本冬美「また君に恋してる」と、森進一「命あたえて」を歌わせていただきました。

納会の終了後、還暦Bの仲間たちとカラオケに行き、森進一の「ゆうすげの恋」や高山巌「心凍らせて」、堀内孝雄「恋歌綴り」、五木ひろし「暖簾」等を歌いました。

「ドンマイ(D)チーム」の84歳の先輩からは、君はカラオケが上手いので、「野球小僧」という曲をマスターしておくようにと歌詞を手渡されたので、来年の納会では歌えるようにしておかんといけません。



posted by yone at 17:39| Comment(4) | TrackBack(0) | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月04日

サングリーンテニスクラブ朝練忘年会

2016年12月4日(日)  サングリーンテニスクラブ朝練忘年会

サングリーンテニスクラブでの朝練参加者の忘年会が、津田沼駅近くの台湾料理店「百楽門」で、Y監督以下8人が出席して行われました。

内訳は、70歳台2人、60歳台3人、50歳台1人、若手″の40歳台と30歳台が各1人という、日本社会の縮図とも言うべき構成です。

50歳以上でシングルスに執念を燃やしているのは、流石に私だけですが、40歳台の若手″に朝練の後、シングルスの練習試合を、時々お願いしています。

今の所私は、70歳シングルス乃至は75歳シングルスに照準を定めて、練習に励んでいます。

何人かはくたばって仕舞わないかとお互いに思っているんでしょうが、ここまでくると中々しぶとく、生き永らえる者が多いのが実情です。

例年のことながら、色んな台湾料理を、紹興酒で美味しく戴きました。




posted by yone at 16:51| Comment(5) | TrackBack(0) | テニス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月30日

梶岡杯初戦(監督″としての初勝利)

2016年11月30日(水)  梶岡杯初戦(監督″としての初勝利)

「市川ライオンズ」の球団員約90名を4つのチームに分けて行う「梶岡(元阪神タイガース投手)杯」の2日目(初日は降雪のため中止)が、「国府台球場」(千葉県市川市)で行われました。

私が振り分けられた「ジャイアンツ」は「イーグルス」と戦いました。

3年目の今年は世話役に推薦されたので、正世話役として副世話役のSさんとファミレスでランチミーティングをして、守備や打順等に頭をひねりました。

ベンチに入ると、世話役は諸先輩からも「監督」と呼ばれ、色んな質問にも、的確に対処していかねばなりません。

EDH制が採用されるので14名全員が打席に立ち、投手以外は、原則として3イニング以上守備に就きます。

投手は連続3イニング以内とされ、再登板ができませんが、野手としては出場出来ます。

6番ショートで先発しました。

第1打席は2塁への内野安打となり、2盗の後、得点を挙げました。

第2打席は右中間に落ちるヒットを放ち、2盗の後、2点目の得点を記録しました。

第3打席は、5-5の同点で満塁の場面で、左中間への鋭い打球を打ったものの、センターの好守に阻まれて単打に終わりましたが、打点2を記録し、勝利打点になりました。

守備では、2塁封殺の投球ミスを一回しましたが、それ以外は無難にこなし、三遊間のゴロを逆シングルで捕球してアウトにすることも出来たので、まあ満足のいく結果でした。

試合は11-5で勝ち、監督″としての初采配を、勝利で飾ることが出来ました。



posted by yone at 21:16| Comment(4) | TrackBack(0) | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月24日

埼玉生涯現役野球大会(2)

2016年11月23日(水)  埼玉生涯現役野球大会(2)

第2回戦は、第1回戦の勝者同士が戦うことになり、東京都還暦野球連盟2部(9部中)に所属する「全世田谷野球倶楽部」と対戦しました。

打順は10番に後退し、ライトで先発しました。

気が楽になった筈ですが、前の試合での負の結果を引き摺った形で、第1打席はセカンドフライに倒れ、第2打席は空振りの三振を喫しました。

結局、今日の2試合は5打数1安打で、打率も出塁率も下げてしまいました。

チームは打棒が振るい、投手陣も好投したので、9-3で勝ち、Bグループで優勝を果たしました。

4番に定着できるように、精進を重ねたいと思います。



posted by yone at 14:26| Comment(4) | TrackBack(0) | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月23日

埼玉生涯現役野球大会

2016年11月23日(水)  埼玉生涯現役野球大会

第2回生涯現役野球大会は、「ふじみ野市荒川運動公園野球場」で、行われました。

生涯現役の部Bグループは、「市川ライオンズ」、「東京ファイターズ」、「浦和還暦野球倶楽部」、「全世田谷野球倶楽部」の4チームで戦いました。

第1試合は、東京都還暦軟式野球連盟6部(9部中)の東京ファイターズと戦いましたが、2-1で辛勝しました。

4番ライトで先発しました。

県大会最終戦「君津サムライ」戦で、反撃の狼煙となった3塁打を放ち、その後の練習でも快打を飛ばしていたことから起用されたものと思われます。

第1打席はショートフライ、第2打席は空振りの三振に倒れ、第3打席目にやっとライト線に落ちるヒットが出ました。

初めての4番という大役を仰せつかり、やはり緊張しました。

その重圧に押し潰された様な格好で、走塁等にも悪影響が出たので、満足の行かない結果に終わってしまい、ほろ苦い4番デヴューとなりました。



posted by yone at 22:03| Comment(4) | TrackBack(0) | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月21日

売太神社(大和郡山市)

2016年11月18日(金)  売太神社(大和郡山市)

大和郡山市の市街地から南東の田圃の中にある「稗田環濠集落(ひえだかんごうしゅうらく)」(大和郡山市稗田町)にある、「売太(めた)神社」(旧社格は県社)を訪ねました。

主斉神は、古事記の編纂者の一人とされる「稗田阿礼命(ひえだのあれのみこと)」です。

このあたりが猿女君稗田一族の居住地だったため、稗田阿礼の出身地とされています。

環濠は整備されて完全な形で現存しているので、一周するとかなりの規模ですが、橿原市の「今井環濠集落」よりも大きいのかどうかは分りません。

私が神社の前の濠に近づくと、亀が川岸から濠に飛び込む音がしましたが、2匹が残っていたので、小ぶりの亀に小石を投げたら濠に飛び込みました。

しかし大きい方の、この辺りの主のような顔をした亀は、小石ではびくともしないので、小枝を投げると、やっと退散しました。

2匹ともアカミミの外来種ではなく在来種のくさ亀だったので、ちょっとホットしました。

名阪道から帰り、高速では走行車線を80〜100q/hでクルーズ走行しました。

たまに直前に割り込んでくる下手な危険運転手には苛立つものの、基本的に安全運転した結果、約550qで燃費21.6q/lを記録しました。



posted by yone at 08:01| Comment(5) | TrackBack(0) | 神社仏閣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月20日

大和郡山城址

2016年11月18日(金)  大和郡山城址

西大寺からの帰途、奈良県「大和郡山(やまとこおりやま)市」を歴史散歩しました。

市役所で街歩きのパンフレットを入手して、豊臣秀吉の弟である大納言「豊臣秀長(ひでなが)」の菩提寺「春岳院(しゅんがくいん)」から散歩を始めました。

JR郡山駅前の「喫茶・居酒屋のん」でモーニングを戴いて、「義経千本桜」に登場する「源九郎狐」ゆかりの神社「源九郎稲荷神社(げんくろういなりじんじゃ)」近くの「源九郎餅中嶋本舗」では、「源九郎餅」と「御城之口餅(おしろのくちもち)」を買って食べました。

秀長の墓所「大納言塚」は、豊臣秀吉が建てた「大光院(だいこういん)」という菩提寺が豊臣家滅亡の後京都に移され、位牌が春岳院に託されて墓地が荒廃したので、春岳院の僧が五輪塔を建立したものだそうです。

秀長が天正13(1585)年に入城した「郡山城」は、天守台付近が耐震工事中でしたが、「柳沢文庫」付近の紅葉が進み始めていて、常緑樹との明暗・対照が映えていました。

IMG_0213 (2).JPG

「カフェ・レストラン カステッロ」で、城の石垣を眺めながら和風弁当とケーキを戴いて、街中散歩を〆ました。



posted by yone at 06:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 城郭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月19日

西大寺(プティ同窓会の前に)

2016年11月17日(木)  西大寺(プティ同窓会の前に)

宝が池球技場で高校の同級生M君が主宰するサークルでテニスをした後、高校時代の同級生達5人でプティ同窓会を持つために、奈良市西大寺へ向かいました。

ホテルで風呂に入ってから出掛けると、既に日が落ちていましたが、スペイン料理屋「PicaPica」が近鉄西大寺駅に近かったので、「真言律宗総本山 勝寳山西大寺」を訪れました。

記憶がとんと蘇らないので、果して嘗て来たことがあったのかどうか定かではありません。

すっかり夜の帳が下り、殆ど照明のない境内を歩くのは、なかなか乙な味わいがあります。

珠玉タパス9種類盛合せ、自家製スモークサーモンのエンサラーダ、アヒージョ(青森にんにく使用)、近大ブリのカタルーニャ風~バルサミコとアーモンド風味~、奥羽牛イチボのプランチャ(ソテー)、イカ墨のパエリア等を、美味しく戴きました。

世話役のK君が、仲間に日本酒に五月蠅いのが居ると言ってくれたので、フリードリンクメニュには無い「風の森ALPHA」(油長酒造、御所市、65%、14度)が特別に用意されました。

本当にすごく美味しかったので、酒をしょっちゅう買いに行く、近くのやまやに置いてあれば、買ってみたいと思いました。

スペインレストランなので、「自家製サングリア(赤、白)」や「ティント・デ・ベラ―ノ」(赤ワイン+ソーダ)、「スプリッツァ」(白ワイン+ソーダ+レモン)も、美味しく戴きました。

IMG_0207 (2).JPG




posted by yone at 09:18| Comment(6) | TrackBack(0) | 神社仏閣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月15日

千葉還暦野球3部準優勝新聞記事

2016年11月6日(日)  千葉還暦野球3部準優勝新聞記事

11月6日付の毎日新聞に、千葉県還暦野球大会の結果が、報道されました。

IMG_0198.JPG

しかし1部と2部には言及があるものの、3部リーグへの言及はありません。

言及するに足らずと判断されたのか。

あるいは、紙面の都合で割愛されたのか。

なんとも複雑な悪いをさせられました。

仕方ないので、孫娘の誕生日祝いで、自らの祝勝の機会としました。

IMG_0196.JPG




posted by yone at 17:01| Comment(4) | TrackBack(0) | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月05日

千葉還暦野球3部準優勝(君津サムライ戦)

2016年11月5日(土)  千葉還暦野球3部準優勝(君津サムライ戦)

有吉公園球場(千葉市おゆみ野)で行われた今期最終戦で、「君津サムライ」を7-4で下し、6勝2敗1引き分けの成績で、千葉還暦野球3部リーグで準優勝(10チーム中第2位)しました。

image018[1].jpg

優勝は7勝2敗の君津サムライで、上位2チームが来期2部に昇格します。

2番ライトで先発しましたが、2番は初めてです。

1回表に2点を先行された1回裏、第1打席で3塁キャンバスを抜いた球が、90mのレフトフェンスまで達したので、俊足を生かして3塁を陥れました。

3番打者のヒットでホームに生還し、得点1を記録しました。

第2打席は制球に苦しむ相手投手からストレートの四球を選び、満塁としましたが、得点には至りませんでした。

第3打席は2ストライクに追い込まれ、打った球はファーストフライとなりましたが、1塁手が落球したので出塁しました。

盗塁のサインが出たのでスタートしたところ、次打者が外野を抜くヒットを打ったので、俊足を生かしてそのままホームまで駆け抜けて、2点目を得点しました。

厳しい戦いでしたが、2回裏に逆転した後は押し気味に試合を進め、何とか2位に滑り込むことが出来ました。

来期は2部(7チーム中第7位)に上がるので、一層厳しい戦いが待ってます。



posted by yone at 17:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月02日

サングリーンテニスクラブ2016合宿

2016年11月1日(火)  サングリーンテニスクラブ2016合宿

千葉県白子町にある「カアナパリホテル」に1泊して、テニス合宿に参加しました。

最近は野球の日程が立て込んでいるので、過去2年間は不参加だったのですが、余り不義理をしてもいかんので、今年は参加しました。

女性8名、男性11名が参加しました。

1日目は、ホテル差し回しのマイクロバスに乗って昼過ぎにホテルに着き、昼食の後13:00から個人戦を行いました。

個人戦は、翌日の紅白戦の成員の振り分けの意味もあるのですが、ダブルス3セットの結果を競った結果、私は3勝でしたが、同じく3勝したSさんに、失ったゲーム数の差で負けて、惜しくも2位になりました。

外房の海を見晴らせる、7階にある温泉風呂で汗を流した後は、海産物を中心とした料理に舌鼓を打ち、久し振りに酒を5合以上戴きました。

部屋に戻ってからは、ビンゴや吹き矢等も楽しみましたが、ビンゴでも個人戦2位賞品に続いて、ビンゴ賞を戴きました。

翌日の紅白戦でもダブルスを3セット戦いましたが、個人戦1位のSさん(白軍)にも勝って、2勝1敗として紅軍の勝利に貢献し、3つ目の賞品を獲得しました。

帰途いつもの通り東金市の乾物屋に立ち寄ったので、鯨の「皮刺身」と「塩皮」、「ひれ酒用ふぐひれ(天日干し)」を買って帰りました。



posted by yone at 20:13| Comment(4) | TrackBack(0) | テニス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月16日

シャトーカミヤ

2016年10月14日(金)  シャトーカミヤ

「シャトーカミヤ(CHATEAU D.KAMIYA)」は、「神谷傳兵衛(かみやでんべえ)」(1856〜1922)が明治36(1903)年に、茨城県牛久(うしく)市に開設した、日本初の本格的ワイン醸造場です。

フランスの醸造場をモデルにして、ボルドー地方の技術を用いて、葡萄の栽培からワインの醸造・瓶詰めまでを一貫して行なっていました。

取手から移動して、「神谷傳兵衛記念館」を17:00までに観終えて葡萄畑を歩いた頃には、とっぷり日が暮れてしまいました。

「レストラン キャノン」は、100 年以上前に建てられたワイン貯蔵庫を改装したフレンチレストランで、古風なたたずまいが素敵な雰囲気を醸し出してくれます。

今回は「アニバーサリーコース」を予約しましたが、実は最近、69歳の誕生日を迎えたところです。

IMG_0194.JPG

「フォアグラと洋梨のソテー マルサラワインソース」は、目の前で料理した舌に蕩ける様なフォアグラを、悪玉コレステロール値の上昇を気にしながらも、美味しく戴きました。

酒は、地黒ビールや「電気ブラン」、白ワイン「モメサン(Mommessin)社 コート・デュ・ローヌ(Cotes du Rhone)」(フランス・ボージョレー地区、13%、辛口)を戴きました。



posted by yone at 06:35| Comment(7) | TrackBack(0) | 城郭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月15日

「新四国相馬霊場八十八か所」長禅寺(取手市)

2016年10月14日(金)  「新四国相馬霊場八十八か所」長禅寺(取手市)

「新四国相馬霊場八十八か所」(取手市58か所、我孫子市26か所、柏市4か所)は、宝暦年間(1751-1764年)に「長禅(ちょうぜん)寺」(茨城県取手市)の僧「観覚光音(かんがくこうおん)禅師」が開いた、四国八十八か所霊場の「写し霊場」です。

禅師が四国八十八カ所霊場から砂を持ち帰り、利根川を挟んだ下総国相馬郡(今の我孫子市や柏市)の寺などにおさめて札所としたもので、 江戸時代には近在の農民や江戸の町民が巡拝し賑わったといわれます。

札所の順番は道順になっていないので、「順打ち」をすれば約570qにも及ぶといわれますが、順番に拘らなければ約70qで済むそうです。

JR取手(とりで)駅から歩いて5分ほどの所に、第1番札所「臨済宗妙心寺派 大鹿山(おおしかさん)長禅寺」があります。

承平元(931)年に、「平将門(たいらのまさかど)」(?−940年)が祈願寺として創建したと伝えられています。

第1番発願(ほつがん)札所は「霊山堂」で、写し寺は「[竺和山(じくわさん)一乗院(いちじょういん)霊山寺(りょうぜんじ)」(徳島県、四国八十八か所霊場の第1番札所)です。

第5番札所も長禅寺「地蔵堂」にあり、写し寺は「無尽山(むじんざん)荘厳院(しょうごんいん)地蔵寺(じぞうじ)」(徳島県、四国八十八か所霊場の第5番札所)です。

第88番結願(けちがん)札所も長禅寺「大師堂」にあり、写し寺は「医王山(いおうざん)遍照光院(へんじょうこういん)大窪寺(おおくぼじ)」(香川県、四国八十八か所霊場の第88番札所)です。

近くにあった「旧取手宿本陣染野家住宅」を見学しましたが、茅葺の住宅が見事に修復・再建されていたのは、喜ばしいことです。

その後、3番札所「大師堂」(八坂神社境内)や 2番札所「念仏院」、6番札所「薬師堂」、4番札所「不動院」に置かれた小さな大師堂を巡拝して、起伏が多くて真っ直ぐな道の少ない取手駅周辺を一周しました。

途中でヴァーチャルバッティングセンターを見付けたので立ち寄って、藤浪晋太郎の投球を20球打ってみましたが、まずまずの結果でした。



posted by yone at 14:07| Comment(6) | TrackBack(0) | 神社仏閣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月12日

「第18回栃木蔵の街還暦野球大会」栃木還暦野球クラブ戦

2016年10月8日(土)  「第18回栃木蔵の街還暦野球大会」栃木還暦野球クラブ戦

12:30から第2回戦を、第1回戦と同じく、両翼92m、中堅120mある硬式球場で、「栃木還暦野球クラブ」と戦いました。

前年度優勝の同チームは、流石に攻守ともに優位にあり、苦戦しました。

1番ライトで先発しました。

第1打席はサードゴロを打ちましたが、3塁手に軽快に捌かれて、アウトに倒れました。

第2打席は、なかなかヒットの出ない味方の状況から判断してバントを試みましたが、投手の正面を突いてしまい、残念ながら失敗に終わりました。

雨も上がり薄日が差す絶好のコンディションになってきたのですが、試合の方は圧倒され続け、6回裏0-10になった時点でコールド負けとなりました。

1日に2試合を戦ったので、多少は疲れました。

帰りは「新4号バイパス」をエコ運転に徹して約60q/hでクルーズした結果、栃木往復(約250q)での燃費22.6q/lを記録したので、大いに満足しました。



posted by yone at 07:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする